日本文学研究者ドナルド・キーンさんが死去 人物像と功績について

キーン

アメリカ出身で日本文学研究者ドナルド・キーンさんが24日、心不全により96歳でこの世を去りました。

日本を愛し、生涯をかけ日本文学を世界に広めた男はいったいどんな人物だったのでしょうか。

今回はドナルド・キーンさんの人物像と、これまで納めてきた功績などをたどってみようと思います。

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ドナルド・キーンさんのプロフィール

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引用:https://www.sankei.com

生年月日:1922年6月18日

出身地:アメリカ合衆国ニューヨーク州

日本名:鬼怒鳴門

英名:Donald Lawrence Keene

家族:キーン誠己(旧姓:上原)

日本文学研究者、文芸評論家、コロンビア大学名誉教授

ドナルド・キーンさんの生い立ち

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引用:https://www.city.kashiwazaki.lg.jp

ロシア系ユダヤ人の両親の間に生まれ、16歳の時には飛び級でコロンビア大学に入学を果たしたキーン少年。

1940年、日米関係の不安定な中、当時18歳だったキーンさんは、ニューヨークの書店でアーサー・ウェイリー訳の「源氏物語」を手に取り、日本文学と出会い日本語を学ぶようになりました。

その時のことを、「美しい別の世界が目の前に現れてきた」と後に話していたそうです。

1943年には、第二次世界大戦に派兵し、海軍日本語学校を卒業後19歳で情報将校となり、日本人捕虜の通訳や翻訳にあたりました。

従軍中には日本人捕虜の手紙を読むことがあったようで、「お国の為に立派に死にます」と手紙にしたためる日本人の思想信条にますます興味が湧いたそうです。

死を求める日本兵に対しては、「日本再建の為に生きるべきだ」と励ましていたといいます。

除隊後はコロンビア大学に戻り、日本文学に没頭し博士課程を修了しました。

その後も数々の大学で学び、卒業後はコロンビア大学に戻り教鞭を取り、1992年には名誉教授となりました。

2011年、東日本大震災を機に「今こそ私は日本人になりたい」と、日本に帰化、日本国籍を取得することを表明しました。

翌2012年3月、帰化申請が受理され、名実ともに日本人となりました。

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ドナルド・キーンさんの功績

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引用:http://www.week.co.jp

キーンさんは、「奥の細道」「徒然草」「近松傑作集」といった古典作品のほか、「近代能楽集」「戯曲集」といった現代文学も英訳し、海外に紹介してきました。

その功績が認められ、菊池寛賞山片蟠桃賞など様々な賞を受賞した他、2002年に文化功労者、2008年には外国出身学術研究者として初めて文化勲章を受賞し、歴史にその名を刻みました。

また日本語でも『百台の過客』『日本文学史』『明治天皇』などの著書があるほか、2011年からの全15巻の「著作集」を刊行するなど、数多くの著書を世に残しました。

英語、日本語、どちらも操り執筆していたと考えると本当に素晴らしいですね。

2013年にはニューヨークにある書斎などを再現した「ドナルド・キーン・センター柏崎」が新潟県柏崎市に会館しました。

また生前、川端康成、三島由紀夫といった日本文学を代表する文豪との親交があったそうです。

三島由紀夫さんとは、「怒鳴門鬼韻(ドナルドキーン)様」、「魅死魔幽鬼夫(みしまゆきお)様」と手紙を交わすほど仲が良かったといいます。

なんともキーンさんらしいやり取りを感じますね。

喪主、キーン誠己さん

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引用:https://r.nikkei.com

キーンさんは生涯独身でしたが、日本を愛し、日本という女性と結婚したと語っておりました。

キーン誠己さんは、そんなキーンさんの養子となった方で、旧姓は上原誠己といいます。

もともと浄瑠璃三味線奏者であるキーン誠己さん。

文楽義太夫節三味線方の名跡、5代目鶴澤浅造(越後角太夫)を名乗っておりました。

実家は新潟にある老舗の酒蔵で、当初家業を次ぐために帰郷し、市民歌舞伎の指導と演奏を行っていました。

その際、小浄瑠璃について学ぼうとキーンさんを訪ね、二人は出会うことになります。

上原誠己さんは、キーンさんの秘書業務から身の回りの世話までこなし、2013年二人の養子縁組が公開され、戸籍上正式に親子となりました。

そして2月24日、父の最後を看取りました。

誠己さんはキーンさんについて、

「自ら選んだ母国で日本人として、日本に感謝の気持ちをささげつつ、幸せに最後の時を迎えました。日本人として日本の土となることが長年の夢でしたから、この上なく幸せな一生でした。」

と述べています。

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最後に

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引用:http://www.donaldkeenecenter.jp

今回のキーンさんの報道を受け、正直ここまで素晴らしい功績を残してきた方だとは全くと言っていいほど知りませんでした。

調べれば調べるほど、キーンさんという方がその生涯に渡って日本文学について世界に発信してきたことがわかってきて、無知だった自分が恥ずかしくなったほどです。

おそらくこの世の中にはキーンさんのように、日本を愛し、この日本という国に愛情を注いでいる方が他にもいるかもしれません。

私達は日本人として、そういった方々の存在を知り、後世に伝えていかなければなりませんね。

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